古史古伝の竹内文書を紹介した1940年(昭和15年)10月刊行の『天国棟梁天皇御系図宝ノ巻き前巻・後巻』(児玉天民 太古研究会本部)で葺不合朝(ウガヤフキアエズ王朝)69代神足別豊鋤天皇の代に「ミヨイ」、「タミアラ」という大陸(というか島)が陥没したとし、その世界地図が記載されている。(1934年(昭和9年)5月の『大日本神皇記』(皇国日報社)では4代天之御中主神身光天皇と35代の千足媛不合10代天日身光萬國棟梁天皇の時とする。ただし「ミヨイ」、「タミアラの名称はない。)[1]竹内文書では、これらの島では五色人(白人・黒人・赤人・青人・黄人)と王族の黄金人が暮らしていたが天変地異で沈んだため、天の岩船で日本など太平洋の沿岸域に避難したとする。「ノアの洪水」に代表される世界の大洪水はこのとき「ミヨイ」「タミアラ」の水没の影響としている。なお、日本における天皇家はムーの黄金人の子孫であるとし、日本人こそムーの正統であるとしていた。この説は第二次世界大戦前、日本の天皇こそが世界の正統的な支配者であるということを裏付ける根拠の一つとして一部の急進的な愛国者の間で支持されたものの、国が教育する天皇像や皇国史観から大きく逸脱しているため弾圧された。
また、この竹内文書自体が明治から大正にかけて竹内巨麿によって創作された偽書であると証明されているため、日本において学術的な意味合いでのムー大陸伝説は事実上存在しないに等しい。
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なお、日本でのムー大陸の紹介記事は1932年(昭和7年)8月7日の『サンデー毎日』の記事「失はれたMU(ミュウ)太平洋上秘密の扉を開く」(三好武二)をはじめ、1938年(昭和13年)7月の『神日本』2巻7号(神之日本社)の「陥没大陸ムー国」など多数紹介されていた。[2]
現在ではその名が冠されたオカルト雑誌、ムーでも知られる。
与那国島の「海底遺跡」を「調査」している木村政昭は自著でこの「海底遺跡」と太平洋各地の石造物を結びつけて「ムー文明」の痕跡であると主張している。ちなみにこうした概念は、日本以外ではむしろパシフィス大陸という空想と結びつけて語られることが多い。太平洋上の空想上の大陸=ムー大陸となるのは日本独特の風土と言えよう。
いわゆるムー大陸の存在が科学的に否定された事から、ムー大陸の正体をトンガ大首長国のような「海上帝国」であるとした、「合理的解釈」も見られる(実際にトンガ大首長国の最盛期の領域は、伝説のムー大陸に匹敵する規模である)。ただし上記の通りチャーチワードの主張そのものに問題があり、それを元に合理的解釈を加えても意味が無いとする反論がある。